INTERVIEW

株式会社チュム 代表取締役 中川友里さん

株式会社チュム 代表取締役 中川友里さん

PROFILE

京都産業大学卒業後、毎日放送DRESS,テレビ東京超流派,FASHION TV Japanなどのレポーターを勤める。Amazon prime バチェラージャパンシーズン3に参加。大量生産、大量消費の時代に疑問を抱き、30代からは”本当の豊かさとは?”という問いを軸に12年続けてきたヨガを転機にヨガ業界に転職。ウェルネス業界最大手企業に就職。社長室兼新設SNSマーケティング部に勤める。2022年独立。人生100年時代と健康寿命をテーマに、再生医療業界に参入。snsマーケティング・PR・キャスティング事業と再生医療・美容代理店事業の2軸の事業とする。ウェルネスとメディカルの視点からより健康で豊かさのある人生を提案する。DJとしても活動し、ラグジュアリーホテルやブランドパーティなどで活躍。2024年からは海外展開もスタート。

多彩な好奇心が紡ぐキャリアストーリー
~ファッションから再生医療まで、直感を信じた女性の選択~

自己紹介をお願いできますか?

京都の大学で経済学部を卒業して、その後30歳手前までファッション関係のお仕事をしていました。テレビ東京の番組でインタビュアーやレポーターをしたり、ファッション系の番組に出演したり、当時ライセンスがあった海外TVのMCもやらせていただいていました。20代は本当にファッションが大好きで、そういったお仕事に携わらせてもらっていましたね。

毎シーズンファッションが変わるのを見て、楽しかった反面これが大量消費・大量生産につながっているんだなと感じるようになりました。トレンドが変わるたびに皆が服を捨ててしまう。それってSDGsとは相反する部分だなと思い、『持続可能とは何だろう』『地球環境に優しいって何だろう』『人間が本当に満たされるとは何だろう』と20代の時の自分の中で疑問が生まれてきたんです。

その頃、ヨガを10年ほどやっていて業界で一番大きいヨガの会社の会長さんから声をかけていただきました。元々ファッションのお仕事をしていましたが、インフルエンサーマーケティングもやっていたので、その会社の新設SNSマーケティング事業部に入りました。

しかし、マインドフルネスを掲げるヨガの会社でも、実際には一部の社員さんがノルマに追われたり働きすぎて疲れている姿を見て、『現代人の課題はここだよな』と感じるようになりました。『本当に満たされるとは何だろう』『心身ともに健康な状態、本当の“マインドフル”とは何だろう』と考えるようになり、ヨガの資格に加えて鍼灸やファスティング、アロマ、インナービューティなどの資格も取りました。

ウェルネスの先には必ずメディカル・ヘルスケアがあると思ったので、今は再生医療の仕事をさせてもらっています。エクソソームを使ったエステサロンのメニュー展開や、人生100年時代における健康寿命の延伸について医師との連携の上、学びながら取り組んでいます。

私自身、コロナ禍におじいちゃんを亡くしたこともあり、超高齢化社会における健康の重要性を実感しています。家族が健康でいてくれるか、自分はどれくらい健康寿命を伸ばせるか、友達にもそうあってほしいという思いから、メディカルの分野に足を踏み入れました。

現代は美容整形が流行っていますが、外側だけ綺麗にしても中の細胞がボロボロだったり、ストレスがたまっていたりすると意味がありません。誰よりも添加物や食生活を気をつけていたのにストレスでがんになった知り合いもいます。現代人は知らないうちに自分でストレスをかけていることが多いので、健康でいるためには何ができるかを考え、お医者さんのチームに入って美容や再生医療のお仕事を手伝わせてもらっています。

幹細胞培養上清液などの商材の卸も行っていて、エステサロンでのメニュー化も進めています。差別化するためのメニュー展開の提案をしています。例えば全国に30店舗を展開する頭蓋骨矯正サロンでは、AGAクリニックで行うような施術を安心安全のもと、安い単価で提供するといった取り組みをサポートしています。

中川友里さんが監修した監修した銀座のピラティススタジオ

監修した銀座のピラティススタジオ

なぜこのようなキャリアを選ばれたのですか?

うーん、小学校までは人見知りで、お父さんの後ろに隠れているような子どもだったと聞いています。中学生の時に新体操部に入り、『表現することはこんなに楽しいんだ』と気づきました。動くのが大好きでスポーツも大好きで、北信越大会まで行くほど頑張りました。高校生の時はお免状が貰えるので茶道などもやっていましたね。

私は『興味あるものは全部やりたい』というタイプでした。美容系の資格も結構取りましたが、それは趣味で語るよりも専門知識を持って人に説明できないと恥ずかしいと思っていたからです。資格を自慢にするつもりは1ミリもありません。東京に来た時に中途半端な趣味や間違った知識をひけらかして話すおじさんを見て、自分はそうなりたくないと思ったんです。

資格を取ることで、それをビジネスに活かせるときがいつか来ると思っていました。ヨガの会社に入った時にそれが実現し、興味のある分野と仕事がマッチした時は本当に楽しかったです。医師や美容の専門家と話が通じ合うからです。20代で芸能のお仕事をしていた時の事務所の社長から『暇があるなら遊びに行くより資格取得の勉強をしておけ』と言われたこともあり、いろいろな分野を勉強することができました。今でも感謝しています。

ご自身の外見的な表現方法についても教えてください。

20代の時はファッションが大好きでユニークなファッションをしていたら、海外のサイトやメディアに写真を撮られて掲載され、それがきっかけでInstagramのフォロワーが増えていきました。Instagramが流行り始めた頃と丁度マッチして、国内や海外からのファッション好きな人たちが見てくれるようになりました。ビジュアルが自分のアイデンティティだった頃です。

『自分が面白い格好をしていたら皆が見てくれる』というのが楽しくて、原宿系のファッションもやっていました。それがきっかけでクールジャパンの案件や海外の観光局のお仕事も頂けるようになりました。新しいコレクションがリリースされるとすぐに買いに行き、『これを着ていたら今シーズン一番イケてる私』それが功を奏して、お仕事でパリコレの取材に行ったり、ドルガバのモデルに起用していただくこともありました。

30代になるとやはり『一般的な普通の仕事をしていなかった』という不安もあり、『ファッションだけではこの先やりたいことができないかも』と考えるようになりました。『永続的にできるものは何だろう』と考え、ウェルネス・ウェルビーイングの分野に興味を持ったんです。

カーリーヘアの中川友里さん

バチェラーに出演されたきっかけは?

ちょうど30歳手前の時でした。周りからは『ゆりちゃんはずっと原宿系でいくんでしょ』と言われていましたが、原宿系のトレンドも落ち着いてきていたし、実は自分自身があまり『原宿系』だと思ったことはなかったんです。ただ自分の好きな服を着ていただけなのに、京都から上京した初日にスナップメディアに4回も写真を撮られて、SNSにバーッと上がったんです。

一般の人からすると派手な格好をしている人は全員『原宿系』と思われるんだなと気づきました。でも実際は原宿系の中でもロリータ、ゴスロリ、裏原系…など、もっと細分化されているのに、ひとくくりにされることに違和感がありました。原宿系だなんて、その日に京都からあがってきたのに不思議ですよね。みんな大枠でしか人を見てないんだなって。

30歳前でバチェラーに出ようと思ったのは、皆から『ゆりちゃんは結婚とか考えてないでしょ?』と言われることが多かったからです。でも普通に人間として生まれてきているし、“普通“に結婚したいという気持ちはありました。一回チャレンジしてみたいという気持ちと、『原宿系』という色付けを変えたいという思いもあって出演を決めました。結果的に良いきっかけになりましたね。

今後やりたいことについて教えてください。

50年、100年という長期でプランを立てるのは難しいですね。何が起きるか分からないし、東京に住んでいるかも分からないし、仕事や結婚して別の場所に住むかもしれません。

今やっている再生医療のお仕事は続けていきたいです。医療機関と話をしている中で、iPS細胞を使用した再生医療や連携しているクリニックとのバイオハックにも興味があります。より患者さんの健康をフォローできるようなサポートをしたいですね。

お医者さんと同じくらい、あるいはそれ以上に詳しくなれるよう勉強しています。様々なクリニックと提携して、お客様に提案できるコンシェルジュ的なポジションを確立できると良いなと思っています。特定の会社との契約に縛られるのではなく、複数の選択肢からお客様にご提案できるようになりたいです。より再生医療に踏み込んだ提案ができるよう頑張っています。

プライベートについても教えてください。

DJは今年で10年目になります。ありがたいことに一流のラグジュアリーホテルでレギュラーを頂いたり、企業イベントでの出演依頼もいただいています。

DJは元々趣味で始めたものが仕事になりました。私は趣味のことも極めたい、深掘りしたいタイプなのでDJも徹底的にブラッシュアップしました。趣味の時間は音楽を聴きに行ったり、いろんなジャンルの音楽イベントでのお客さんの反応を観察したりしています。どんな年齢層?どんなファッション?どんな音楽に反応して、どのタイミングで踊るのかを見て研究するのが楽しいですね。

自分の会社でもDJイベントの企画運営を入れているので、会社はやりたいことを実現するための『箱』になっています。疲れて音楽を一旦諦めようと思っても、また良い曲を見つけると次の現場のDJセットで使いたくなって、結局全部が仕事になっているような感じです。時々煮詰まることもありますが、趣味が仕事になっているので楽しいです

DJをしていて、皆が楽しんでくれて笑顔を見られると私も幸せを感じます。音楽でそういう場所を提供できるのは嬉しいですね。

DJとしてパフォーマンスする中川友里さん

ユーザーさんへメッセージをお願いします。

私はイレギュラーな生き方をしているので参考になるか分かりませんが、ストレスをためながら働くよりは、自分が直感で成長出来て楽しいと思うことをやって視野を広げていく方が充実すると思います。そうすると周りのコミュニティも変わり、新しい価値観に触れるきっかけにもなります。

20代、30代はいろいろなことにチャレンジして、40代以降に自分の本当にやりたい軸を見つけるのが良いのではないでしょうか。失敗から得られる新しい発見もあります。私は『やらないよりもやって後悔する方が良い』と思うタイプなので、興味があることには積極的に飛び込んでいます。

キャリアアップして素敵な人生を送ろう
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